子育てってみんな同じ♪ ~自閉症はやがて個性へ~

重度の自閉症児と言われた我が子が、普通の大学生へと成長していきました。その道のりを現在の状況やタイムリーな話題も交えながら綴っていきます。

コメントへの回答

発語の時期についてコメント欄で質問があったので、ここで回答をしたいと思います。

コメント欄は設けてあるのですが、返信に不都合があり、お時間がかかってしまいますがこういった形で回答をしていくことになりそうです。

 

はっきりと記憶しているのは「あお」などの色で、正確にいうと「あお、あお、あお・・」って感じのひとりごとのようなもの。

めぐちゃんの宣告後にそれを聞いたので、2歳の少し前だと思います。

でもそれはやはり、コミュニケ―ションのツールである言葉だとは今は思えません。

それじゃあツールとしての言葉を発したのはいつだったか。

2語文になったのが5歳だったので、おそらくそれが彼のコミュニケーションの始まりだったように思います。

 

親として、しゃべることに注視してしまうのは仕方のないこと。

でもこうして、そういう時期をとっくに通り過ぎた立場からすると、100%言えることは言葉なんてどうでもいいということ。

聴力に問題がある場合を除けば、めぐちゃんの言うとおりいつかはしゃべります。

発達障害において一番に気にしなくてはいけないのが、コミュニケーション力。

それを測る物差しとしては、まず呼んだら視線を合わせること。

そして言葉を発せずとも、指さしをしたりママの袖に手をあてたりして「ねえねえ見て、聞いて」と、気持ちの共有をしようとするしぐさがあること。

これらがあるかないかは、言葉なんかよりもっと重要なこと。

正常なコミュ力を持っているとすれば、1歳半にはこれらは普通に見られるはずですから。

 

めぐちゃんに言われて、「あお」って聞いてからは、「この色はなに?この色はなに?」って、いつもRINには質問ばかりしていました。

色だけじゃなく、「これはアンパンマンしょくぱんまん?」って何でも聞いてました。

そのせいか、しょくぱんまんという言葉にとても敏感に反応するようになって、あとになってしょくぱんまんと親が言うと、「ギ~」と異様な声を張り上げるようになったりしました。

嫌だったのでしょうね。

今なら「うぜ~!」って怒鳴られちゃいます。

質問には答えられる時もあれば答えられない時もあって。

それはたまたまなのか、意味はわかっているけれどこちらに集中してくれなかったからなのか。

いずれにしても、2歳前の子どもに質問ばかりするのは親としても異常なことですね。

ますますコミュニケーションに対して、嫌悪感を抱くことになるかもしれません。

「これはなに?これはなに?」はなるべくせず、普通にやさしく話しかけるだけの方がどんな場合においてもいい子育てじゃないかなと思います。

 

 

さて、RINの自閉症を受け入れた私。

正確にいうと―

RINが普通の子ではないとか自閉症であるとかっていうのはどうでもよくて、そのままのRINを受け入れていこうと思ったということ。

大げさに言うと、運命をそのまま受け入れようと思い立ったあの日から、私はRINに完全に寄り添っていくことを決めました。