子育てってみんな同じ♪ ~自閉症はやがて個性へ~

重度の自閉症児と言われた我が子が、普通の大学生へと成長していきました。その道のりを現在の状況やタイムリーな話題も交えながら綴っていきます。

受け容れる

「受け容れる」ってひとことで言っちゃってはいるけれど、実は大変な作業。

まあ、切り替えのうまくできる人もいれば、不器用な人もいるわけで。

プライドの高い人もいれば、すぐに妥協できる人もいるわけで。

受け容れる作業が素早くできることは理想です。

でもでもそのことに必要なのは、時間の速さじゃなくて、いかにしっかりとぬかりなく作業ができるかだと思います。

 

前置きが長くなりました。

私の場合は、RINのすべてをそのまま受け容れようと思いました。

自閉症とかっていう障害名なんかどうでもいい。

他の子とは明らかに違っているRINを肯定することからはじめました。

今思えば、めぐちゃんに写真を見せられたことが大きかった気がします。

RINの将来の姿がわかり、ただただ私はこの子を守っていけばいいという指示が、少しずつ脳内で働いていったのだと思います。

それでも受け容れたあの日以降だって、自身のプライドは何度も邪魔をします。

公園や広場で他の子と違う動作をするRINを恥ずかしく思う気持ち。

RINを守ろうなんてとんでもない。

いつも自分を守っていました。

自分を守るために、聞かれてもいないのに「うちの子は自閉症なんで・・」と宣言したりして。

「変な子」って言われる前に、先手をいつも打っていました。

なんてみっともない親だったんでしょうね・・

でもだって、RINはすごかった。

公園へ行けば、ひとりで走って行っては、手をひらひらさせて自分の影と遊んでいた。

いつまでもくるくるコマのようにまわっていた。

よく覚えているのはお砂場でのできごと。

同じくらいの女の子が持っているおもちゃが気になって、突進していく。

おもちゃに手をかけようとすると女の子が泣く。

ダメだよと引き離しても、すぐにまたおもちゃに向かって行こうとする。

RINの目にはおもちゃしか映っていません。

おそらくその子が泣いて怯えたのは、おもちゃをとられてしまうという心配よりも、ターミネーターのように言葉も表情もないRINが、何度もおもちゃだけを見つめて向かってくることに恐怖を感じたからだと思います。

大人でもきっとびっくりしますよね。

1点しか目に入らない。

これが特性でもあり、この傾向は大なり小なり一生涯続くものと思われます。

 

話を戻して。

受け容れるという作業の難しさは、一緒に暮らす家族や自分にとって親しい親きょうだいも、足並みを揃えなければならないということにもあります。

自分がどんなに前向きになっても、ご主人が同じ方向を向いて同じ歩調でいてくれなければ、前進どころか後退してしまいます。

どんな子育てでも、これは基本中の基本なんでしょうね。

夫婦が協力していれば、いい環境が作れるというのは当たり前の話。

我が家の夫には、のちに他の件で嫌な思いをさせられますが(笑)、RINのことではぴったりと足並みが揃ったと言えます。

夫にこの上なく感謝をしていることがひとつ。

RINが中学校でいじめられて悩んでいたときに、私はRINに自閉症の話を告白しようと考えました。

自分が変わっていることに少し気づきはじめているRINを、解放してあげたくて。

自閉症だからと言えば、「そっか、だから僕はちょっと違うんだ・・」と、自分を守るバリアになるかと思って。

でも、夫は強硬に反対しました。

RINが自閉症だという事実は、ふたりで墓場まで持っていくと言い切りました。

「ちょっとの甘えのために、一生が台無しになる」と。

その時はRINの心の揺れに寄り添えない薄情なヤツだと思いましたが、それを通り過ぎた今は、夫の言うとおりにして正解だったと思えます。

私の勇み足にブレーキをかけてもらえたことに感謝しています。

また追々、そんな話をここで綴っていきますね。

 

というわけで、現状を受け容れる、運命を受け容れる。

これをしっかりやっておくことで、次の一歩をどこに踏み出すかを決めることができます。

この時に私が決めた言葉が、

「がんばらなくてもいいから、いっしょに歩いていこう」。

誘導しない、押し付けない。

でもいつもいっしょに歩いていくこと。

これが私の子育ての最初の一歩になりました。