子育てってみんな同じ♪ ~自閉症はやがて個性へ~

重度の自閉症児と言われた我が子が、普通の大学生へと成長していきました。その道のりを現在の状況やタイムリーな話題も交えながら綴っていきます。

穏やかな日々

自閉症を受け容れてからの日々は穏やかになりました。

なんというか、私もおそらくその傾向があり、めちゃくちゃに不器用なんですね。

0か100、白か黒。

真ん中やグレーは考えづらく、よくわからなく、苦手です。

着地点がわからないままの時間は苦痛でしかありません。

ずっと先に、目印がきちんと立っていないと歩き出すのがとても不安なのです。

自分自身の指針というか、オリジナルのマニュアルがないと動けません。

RINが自閉症でも知的障害でも、このままのRINが私のすべてだし、大事に育てていくことにはなんにも変わらない。

そう思ったら気が楽になったんですね。

 

書き忘れていましたが、RINは1歳半の保健センターでの集団健診のときに、発達に遅れがあるかもしれないから2歳になったら再診させてくれと言われていました。

隣のおばさんにはその話をしてあったので、おばさんも確信があってRINをめぐちゃんに会わせたのでしょう。

やはり2歳になっての再診で、地域の発達教室を勧められました。

療育スクールです。

のちにこことの出会いが、私たち親子の運命を変えていくことになります。

最初2~3回通ったのですが、他の子はお母さんと一緒にお座りしたり、笑顔もあったりして、それが全くできないRINは最強の自閉症児に見え、私自身が落ち込み、馴染めず、しばらく通うことはやめました。

ただ、そこで先輩ママが話してくれたことは実践しました。

「好きなことは好きなだけやらせるようにしています」

彼女のその言葉は私のベースになりました。

RINがやっていることは、危険なことや迷惑がかかること以外はひたすらやらせました。

でも、それにはそれを見守るために時間も必要です。

家庭の収入は多くはなかったけれど、なんとか暮らしていける範囲だったので、夫婦で話して私は働かずに家にいました。

RINのお世話係が私の仕事です。

どんなことをしてもこの子を守り抜くと決めたので。

 

雨の日以外は、毎日公園に行きました。

RINはチャイルドシートに乗せると、死んでいるのかと思うくらい静かでいます。

愚図ることはありません。

長距離の時は、時間を決めて必ず休憩を入れますが、チャイルドシートから降ろすと、糸の切れた凧のようにサ~ッと走って行ってしまいます。

それがわかっているので、何もかもを用意して、RINの後をすぐに追えるようにスタンバイをして彼を放ちます(笑)。

公園にはまるでドッグランのように、走りに行かせていたようなものです。

唯一、いつまでもひとりで乗れなかったブランコで、私の膝に乗せてふたりで揺れているときは、それはもう幸せでした。

目線を合わせず、いつも彼のうしろ姿を追い続け、寝る時も抱き寄せると嫌がり、こちらを向いて寝ることはないRIN。

ブランコで揺れている時だけできるスキンシップは、私にとっては至福の時間でした。

 

そうやってRINとのふたりの時間を過ごしてきて2年。

RINに妹ができました。

AIとここでは書かせてもらいます。

いきなり現れたAIをRINが受け容れるのは大変でした。