子育てってみんな同じ♪ ~自閉症はやがて個性へ~

重度の自閉症児と言われた我が子が、普通の大学生へと成長していきました。その道のりを現在の状況やタイムリーな話題も交えながら綴っていきます。

現在の話

幼児期のRINの自閉症児としての特徴です。

・赤ちゃん期はなにしろよく泣いた、いつも抱いていなければならず手がかかった。

・まったく笑わなかった。でも自分の中で何かスイッチが入ると勝手に笑っていることもあり、貴重なことだった。

・目を合わさなかった。

・呼んでも振り向くことはなかった。

・何かを積み上げたり、移動させたりする作業を延々と続けた。

・いつもコマみたいにくるくる回っていた。

・テレビやビデオは大好きで、何時間でも見ていた。

・発する音声はウ~やア~で、言葉は色の単語など1語を言うのみ。

・ママと呼ばれたことは1度もない。

・言葉に関しては、AIに刺激され、保育園でももまれ、意味のある単語が増えていくが、2語文になったのはたしか5歳の頃。

 

こんなRINですが、その後は見事な成長を遂げてくれます。

小学生になり、特性としてその要素を残しながらも、彼はどんどんと成長し、素直な性格が功を奏し、中学生になると勉強の成績はぐんぐんと上がっていきます。

見事に偏差値70越えの高校に合格し、今現在は難関大学と呼ばれる大学に通っています。

見た目は全く普通の学生。

会話も普通。

ただ、自分の好きなおしゃべりが長い、難しい言葉をあえて使う特徴があります。

授業や仕事などの場面ではじっとしていることはできますが、家で話したりしていると体のどこかを動かしています。

初対面の人がRINのことを、ちょっと変わっているなあと感じるとすれば、10分以上彼と話をしたとき。

はっきりとわからないけれど、何かの「?」を感じるかなと思います。

何だかわからないけれど、ちょっと変わった人かな~というレベル。

まあ、世の中には今いろんな人がいるので、そのなかに埋もれてしまうほどの差異かなと分析しています。

 

こうなるまでには相当な覚悟や決心や葛藤や苦しみがありました。

彼を育てた21年は、その3倍ほどの時間が流れた気がします。

夫と結婚したのは、いやいや、その前の自分の人生なんか、もしかしたら前世での出来事だったのはないだろうかと思えるほどの長い長い時間を、歩いたり走ったりしてきた気がします。

この道が間違っていたとは思いませんが、最良の道だったかは実際のところ分かりません。

 

今の彼がどのくらいの幸せ度を感じていて、私とその差がどのくらいあるのかもわかりません。

昨日もまた、就活のことで少し衝突がありました。

最終的に素直に私の話を聞いてくれるRINですが、彼の心の中には、どろどろとしているものがあるようにも思えます。

自分が母として求めているもの、提供したいものが彼の希望と一致はしていないことも感じてはいます。

今までただ寄り添うことだけを一番に考えてきた私は、ぶつかり合ってはその原点に戻ろうと試みます。

傷つけては、その傷にそっと手を当てることの繰り返し。

これはAIに対しても同じで。

以前は自信をもって迷いなく子育てをしていたのに、決して賢い親ではなかったんだなと最近は痛感します。

これが現在進行形の私とRINです。

 

 

さて。

AIが生まれて数カ月後に、私は以前発達検査で保健師に勧められた療育のスクールに再び通い始めます。

数回通って勝手にやめてしまったスクールに、なぜ通い始めたのか。

やはり、他の子と明らかに違うRINを受け容れ、RINと自分の居場所を求めていたのだと思います。

この再開により、RINの人生は間違いなく変わりました。

ここでのいろいろな出会いは、このあと長く続く二人三脚のスタートライン、原点となりました。